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Works

トワノコエ ピアノ、ソプラノ、機械歌唱のための

2003年

初演:高橋アキ (pf)、柱本めぐみ (sop)

神戸ジーベック、2003.1.26
高橋アキ委嘱

 

 

 

初演コンサート・ライナーノート

 

高橋アキ+柱本めぐみコンサート 

“Now Lessons for New Listening” ピアノと声の使い方?

 

日 時;2003年1月26日(日)
開場15:30 開演16:00
会 場:ジーベックホール
神戸市中央区港島中町7-2-1 tel 078-303-5600
出 演:高橋アキ(ピアノ)、 柱本めぐみ(ソプラノ)
演奏作品(全曲初演):
前半 ピーター・ガーランド作品
Song for Exile and Wine
後半 佐近田展康作品
1.蝶が放たれた黒い革張りのベッド
2.New Century Song -Aki version
3.ソプラノとピアノのための委嘱新作「トワノコエ」

 

 

演奏作品ノートより…

 

蝶が放たれた黒い革張りのベッド(2002)

この曲は半野喜弘氏主宰レーベルCirqueから2003年5月リリース予定のエレクトロニカ系コンピレーションCD「room207」のために制作された音楽を今回ライブ・ピアノ演奏用に編曲したものだ。歌声はMacintoshのPlainTalkを使って作られたもので、あらかじめファイル化されたボーカル・トラックをピアノ演奏により柔軟なタイミングで紡ぎ出している。

 

New century song _ AKI version(2000)

この曲も2000年にリリースしたソロCD「時計仕掛けのエルメス」(childisc)に収録された同名の作品をライブ・ピアノ演奏用に編曲したものだ。アキさんの刃物のようにエッジの鋭いダイナミズムにはいつも魅了されるが、それが頭の中にあってダイナミックなタンゴ調の編曲になった。原曲とかなりニュアンスが違っている。歌声についての技術的な仕掛けは第1曲と同じ。

 

トワノコエ(2003)

●なぜかフレディ・マーキュリィ?
最初この作曲委嘱の話しがあったとき、アキさんのピアノで言葉を、めぐみさんの声で音高と声量をコントロールして合成音声を歌わせるアイデアが浮かび、ぼんやりと“その声がフレディ・マーキュリィだったら面白いだろうな”と思った。言うまでもなく彼はイギリスのロックグループQueenのボーカリストであり、1991年11月24日AIDSによりこの世を去るまで「ボヘミアン・ラプソディ」を始め数々の歴史的名作を産み出した。もちろん彼の音楽に対する個人的な思い入れはたくさんある。しかし今回の作品でフレディの声を使いたいと夢想した理由は、彼の極めて特徴的で他の誰も真似ができない「特殊な歌声」にあった。ひと声聞いただけで世界中の膨大なに人々にそれが誰の声なのか瞬時に了解される人間なんて他に誰がいるだろう?

 

●声はわたしの証し
「声」は個人の証しである。フレディほど特殊な声ではないにせよ、名乗らなくても電話の向こうの知人が誰だか分かるのは僕達がその声の微細な特徴を瞬時に判別しているからだ。声には「アイウエオカキクケコ…」といった言葉の音節を判別するための音の成分が含まれている。これには個人差はあまりなく、だから高い声、低い声、透き通った声、しわがれたダミ声、男女年齢の違いがあっても僕達は言葉を交わすことができる。一方、声には個人差のハッキリ出る音の成分も含まれており、これを無意識に聞き分けることで僕達は相手が誰だか了解する。1970年代に声の成分を視覚的に表示する装置を売り出したメーカーは、個人を特定するのに極めて信頼できる手段である指紋(finger print)にならって「声紋(voice print)」という造語をPRした。
こうしてコンピュータによる合成音声、フレディ・マーキュリィ、個人の証しとしての声紋…と考えが進むにつれて「トワノコエ」の制作コンセプトが次第に見えてきた。それは3つの世界…生の世界、死の世界、機械の世界を声が越境する音楽である。

 

●システムについて
ステージ上のスクリーンにはピアニストとボーカリスト二人の演奏が「情報化」される様子が刻々と表示される。つまり「生の世界」にいる二人が「機械の世界」にログインしているわけだ。そしてそれらの情報がもう一つの声(合成音声)をコントロールし生み出している様子もリアルタイムに表示される。この曲で聞かれる合成音声はボーカリストの肉声を変換あるいは変形して出来たものではない。機械の内部に周到に用意された「声紋のデータ」をピアニストとボーカリストの共同作業で「高度に音楽的にコントロール」しているのだ。具体的に言えば、ピアノの鍵盤には日本語音素(アイウエオカキクケコ…といった言葉の単位)が割り当てられており、ピアニストが演奏することにより合成音声の言葉がコントロールされる。またボーカリストの声はコンピュータに入力されると即座に音高と音量だけが抽出され、これにより合成音声のメロディ、抑揚、ダイナミクスがコントロールされる。つまり二人が呼吸を合わせて演奏することで初めて歌詞をともなったひとつの歌が生まれることになる。ここで注意して欲しいのは声質という点でボーカリストは合成音声に何も影響を与えていないことだ。曲中、合成音声はさまざまに変化するが、これら声質はまったく人工的なもので、その源になっているのが声紋データなのだ。

 

●世界を越境する「トワノコエ」
今回はこの声紋データの作成に当たって徹底的に特定の個人に似せることにこだわった。ソプラノ(柱本めぐみさん自身の声)、少女(友人の娘さんの声を元にさらに幼児に変えたもの)、赤ん坊(誰だか知らないがネット上で公開されていた赤ちゃんの声)、そしてフレディ・マーキュリィである。なぜ「似せる」ことにこだわったのか? それは個人の証しである声が機械の中に置かれる時、その持ち主から離れひとり歩きすること、そしてさらに生と死の世界が機械の世界では等価なものとして併置されることを象徴的に示すためだ。生の世界からコンピュータに自分の声でログインした柱本めぐみさんは、機械の中に用意された自分の声紋をコントロールすることになる。これだけでも十分アイロニカルだが、その声は本人の意志とは無関係に存在し、自分が思ってもみない思想を語り始める。子供の頃の自分へと立ち戻ることも、20年後、30年後の自分を旅することも、性を超えることも出来る。いや肉体は滅びても「声」は永遠の生命を獲得し新しい思想を語り新しい歌を唄い続けるのである。そう彼女の声紋は2回目のログインを経て最終的に死の世界に住まうフレディ・マーキュリィの声紋へとモーフィングされることになる。この作品で聞こえる歌声は単なる数値データでしかないが、それは「トワノコエ(=永遠の声)」なのである。

 

2003.1.26 コンサート会場配布パンフレットに寄せたテキスト